モンゴル 遊牧民 現在

モンゴル 遊牧民 現在

小長谷有紀, 辛嶋博善, 印東道子編 [東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所]文部科学省科学研究費補助金特定領域研究『資源の分配と共有に関する人類学的統合領域の構築』総括班, 2005.3 遊牧民として生活しているモンゴルの人たちはテントごとお引越し! モンゴルの人たちは、草を求めて年に数回お引越しをしている。. モンゴルから日本 鉱物資源(石炭、蛍石)、繊維製品、一般機械 日本からモンゴル 自動車、一般機械、建設・鉱山用機械 (2)我が国からの直接投資 約9億1千万米ドル(2019年9月現在、モンゴル … るであろう。しかし、社会の基底には現在でも遊牧業があり、都市居住者もまた、「故 郷」との繋がりをもっている人々が多い。そこで、モンゴル国の食文化の典型として 遊牧民の伝統的生活・食文化を取り上げたい。 1はじめに‡ 騎馬遊牧民の像 モンゴル高原のノイン=ウラ出土。 現在はノヨン=オールといわれる匈奴の王墓遺跡。 遊牧民にとって馬は最も重要な移動用家畜であっただけでなく、農耕民との戦闘に際してその騎馬技術が大きな戦力となった。 草原と遊牧民の国、モンゴル。この国を語るとき、そんなイメージが当てはまらなくなろうとしている。115万人が暮らす首都ウランバートルには、かつての遊牧民たちが多く移り住み、欧米流の商業主義の波が押し寄せているのだ。 7月下旬から8月頭にかけて、私はホブスゴル県のとある遊牧民家庭に2週間ほどホームステイさせてもらいました。 県内のどこかは正確にわかりません(笑) ウランバートル市街地から道無き道を20時間ほど車で走ってやっとたどり着きました。 そこは、モンゴル人でも現地の案内人がいないと到達できないほど離れた場所でした。 前触れもなく全財産をもってゲルごと移動する遊動的な人間関係。遊牧民たちの内面に濃い影を落とす社会主義。モンゴル遊牧民とともに450日間暮らした著者の経験と実証的調査に基づき、モンゴル国の牧畜社会の現在を活写する。 モンゴル遊牧民たちは,西方のオアシス都市等 を経てやって来る隊商を通じて贅沢品を得た.ま た明代の茶馬貿易などで知られるように,南方の 農耕地域との境界域に設けられた定期市で制度的 な交換を行なった.それらはいずれも日常的なマ モンゴルは遊牧民のイメージが強いですが、首都ウランバートルは近代的な建物の目立つ都市です。 自然豊かな国、近代的な首都、遊牧民の生活を、観光しながら学んでみませんか? モンゴルの基本情報 【首都】ウランバートル 【人口】約323万人(2018年現在) 【宗教】チベット仏 … Amazonで宮脇 淳子のモンゴルの歴史―遊牧民の誕生からモンゴル国まで (刀水歴史全書)。アマゾンならポイント還元本が多数。宮脇 淳子作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。またモンゴルの歴史―遊牧民の誕生からモンゴル国まで (刀水歴史全書)もアマゾン配送商品なら通 … 現在は日本に来てモンゴルの歌や文化を広げる活動をしています。 幼い頃から両親と一緒に内モンゴルで遊牧民の生活をしてきました。 学生時代からモンゴル国にて生活し、 モンゴル国における土地資源と遊牧民 : 過去, 現在, 未来 / 小長谷有紀, 辛嶋博善, 印東道子編 Format: Book Reading of Title: モンゴルコク ニ オケル トチ シゲン ト ユウボクミン : カコ, ゲンザイ, ミライ Language: Japanese Published: モンゴル国の遊牧民の現在の生活状況及び牧地、水資源の適正利用、マネージメントとの関係 / y.ニャムドルジ, b.エンヘー 著辛嶋博善 訳: 部分タイトル: モンゴル国の新社会経済体制下における人口流動の地理学的問題 / j.オユンゲレル 著島村一平 訳 遊牧民の国モンゴル。伝統的な移動式住居は、モンゴル語でゲル、中国領内のモンゴル自治区(内モンゴル)では中国語でパオ(包)と呼ぶ。ゲルの組立てには2、3人がかりで1時間ほどかかる。まず、扉から入れることができない大きな家財道具を囲い入れるよ… こんにちは、高野珠希です。 モンゴル遊牧民は、 家畜が食べる牧草を求めて移動しながら生活しています。 定住地を持たないため、 多くの場合は農耕作物を手に入れることができません。 日本ではスーパーに行けば食材が揃っているので、 自給自足が余儀なくされる生活というのは興 … 現在、国民の半数弱がモンゴル国内の各地で遊牧生活を続けています。ウランバートル市街地を出て1時間もすれば、大草原の中にぽつぽつと遊牧民たちのゲルが見えてきます。, 日本にいたころは想像もつかなかった遊牧民の生活を体験することが夢の一つだったので、私は留学中に知人のツテを辿って、モンゴル北部の遊牧民家庭に2週間ほどホームステイさせてもらいました。, 7月下旬から8月頭にかけて、私はホブスゴル県のとある遊牧民家庭に2週間ほどホームステイさせてもらいました。県内のどこかは正確にわかりません(笑), ウランバートル市街地から道無き道を20時間ほど車で走ってやっとたどり着きました。そこは、モンゴル人でも現地の案内人がいないと到達できないほど離れた場所でした。, 遊牧民の服装というと、民族衣装(デール)を思い浮かべる方もいるかもしれません。 テレビなどでモンゴルが取り上げられると、大抵きちんとデールを来た遊牧民が登場します。, しかし実際のところ、遊牧生活にも洋服が取り入れられており、普段の生活は(特に男性・子どもは)トレーナー・パンツなどで過ごす人も多いです。, 一方、冠婚葬祭などのお祭りごと、遠方からの旅人を迎え入れる・見送るなど特別なことがあったときは、必ず男性・女性問わずデールを着用します。 デールの「普段着」としての役割が薄れ、少しずつ「正装」として位置付けられるようになっています。, ちなみに、私がホームステイしたのは真夏ですが、モンゴル北部は夏といえどもかなり冷え込みます。, 特に朝晩は厚手のトレーナーやコートなどがないと寒くて震えるほどでした。聞いたところによると、真冬は-40度を下回ることもあるそうです。, 遊牧生活では畑を作ることができませんし、スーパーなど買い物ができる場所も周囲にありません。そのため、入手できる食材にかなり限りがあります。, 実際に私がホームステイ中に食べた食材は、家畜である羊/山羊の肉・内臓、牛乳、少量の玉ねぎ、小麦粉、塩、乳製品、ぐらいです。, 数週間に一度、何時間もかけて遠方の街まで買い出しにいくようですが、そこで買ってきた玉ねぎ、小麦粉、塩などはとても大事に使われていました。, これでも、夏は家畜をつぶすことができるので食材豊富な方らしいです。冬は夏の間に蓄えた乳製品や残った干し肉などをメインでやりくりすると聞きました。, ちなみに、私は毎朝しぼりたての牛乳をもらっていたのですが、これがめちゃくちゃうまかったです。, 遊牧生活では、食事は基本的に一人で食べます。みんなで集まって食べるのは、特別なイベントごとのときくらいでしょうか。, 限られたコミュニティの中での生活になることもあり、家族をとても大切にしますし、近隣の家庭(といっても山を超えた先にすむ家族の話だったりしますが)との関係を大事にしています。, ただ、食事という行為そのものが「栄養補給のために必要なこと」というシンプルな位置付けにあり、食事を通して交流を深めるという意図はそれほどありません。, 朝ごはん・昼ごはん・夜ごはんという考え方もなく、お腹が減ったときに自分の食べたいものを用意してさっさと済ませる、というのが当たり前でした。, 電線などはありませんので、電気は容易に利用できません。しかし太陽光発電の普及のおかげで、電化製品を使える人が増えてきました。, 私が泊まった家は豆電球ひとつしかなかったのですが、近隣の家庭ではテレビとDVD/ブルーレイプレーヤーが置かれており、時々みんなで集まって映画などを楽しんでいるようでした。, 定住しない生活において、決まった場所で水道を引いておくことは難しいので、近くの川などから水を汲んで生活に利用しています。一日に何度か水を汲みに行くのですが、水汲みは大抵子どもの仕事のようです。, 遊牧生活において、インターネットはおろか電話は基本的に通じません。なんとか太陽電池などで携帯の充電ができたとしても、周囲に基地局が設置されていないため利用はできません。, どうしても外部に連絡を取りたいときは、周囲で一番小高い丘に自前の即席アンテナを立てて電話をしていました。, もちろん水洗のトイレはありません。基本的にその辺の草むらか、近隣家庭と共同のぼっとん式トイレで用を済ませます。, ただし、トイレといっても障害物もないひらけた場所に深めの穴を掘り、周囲3方に高さ1メートル弱の壁を立てただけのものです。, 木材が入手しやすいエリアだったので、木造の家に住んでいました。 といっても、季節ごとに住居を移すので夏限定の家ということになります。, 近距離の移動や家畜の誘導などには馬を使いますが、長距離を移動するときには主にバイクもしくは車を利用します。, もちろん昔は馬がメインの移動手段でしたが、現代では5人くらいが無理やり乗った大型バイクや自動車を草原のど真ん中で見かけることが当たり前になりました。, もし自分の車やバイクに少しでも不具合がおこれば、たちまちその場でなんとか直してしまうのが遊牧民たち。, 厳しい大自然の中に身を置いてきたためか、問題が起きても自力でどうにかしてしまう逞しさを感じます。, 07:30ごろご飯を食べたい人はこのタイミングで食事を済ませるその後は、絞ったばかりの牛乳を使って各種乳製品を作るなど家事を行う, 13:00ごろ子牛・子ヤクを母親と同じ柵の中に入れて、乳が飲めるようにする山羊や羊などはそのまま放牧させつつ家事・自由時間, そして一日中、常に自分の家畜がどの辺りにいるかは気を配っており、離れすぎてしまうとすぐ「引き戻してくる!」と馬に飛び乗り駆けていきます。, 日本でいうと小学校に入る前くらいの小さな子どもでも、難なく裸馬を乗りこなすことができます。, 上述したように車やバイクの利用も増えてきていますが、こういったところに遊牧民族としての血を感じます。, 遊牧生活といえば、民族衣装を着て、電化製品とは無縁の生活を送り、移動の際には馬に飛び乗り……というイメージがありましたが、実際に現地に行ってその固定観念は砕かれました。, ホームステイ先のお父さんが「ちょっと買い物にいく」といって、大型バイクに飛び乗って出かけて行ったのには驚きました。特に、大草原のど真ん中でテレビとDVD/ブルーレイプレーヤーを見かけた時は、ど肝を抜かれました。, 水道もなく、電話も通じない世界に、最先端の文明技術が混じっている。大部分は旧来の生活スタイルを継承しつつも、ある分野では急激に近代化の波を受けている。, そして、彼らからすれば、その変化は日常生活の中に不協和音を奏でることなく溶け込んでいる。, そのことに個人的には居心地の悪いアンバランスさを感じますが、現地の人からすれば当たり前のことで、私の考え方がずれていることになるのかもしれませんね。, 人種・国籍・ジェンダー関係なく所属できるコミュニティを作りたい▼#いなフリ▼Xジェンダー、レズビアン/バイセクシャル▼モンゴル国立大学に留学して遊牧民家庭にホームステイ▼旅しながら小説・詩を執筆 ▼webサイト制作, 【まとめ】モンゴル語の全てがわかる!なぜモンゴルはロシアと同じ文字を使っているのか?. モンゴルの草原には、羊(ひつじ)や山羊(やぎ)、牛、馬、ラクダなどの家畜(かちく)を放し飼いにして生活する「遊牧民(ゆうぼくみん)」と呼ばれる人たち … モンゴルでは現在も、遊牧の生活をしている人たちがいます。Mayuさんはそんな遊牧民の方のところでホームステイをしたそうです。非常に貴重な体験をされており、遊牧民の人たちの生活を垣間見ることができます。 遊牧民の文化が生んだ、良質なカシミヤ モンゴルは全世界のカシミヤ生産量のうち6割を占める最大の産出国です。 激しい寒暖差によってもたらされる良質な水、広大で豊かな牧草地がモンゴル特有のカシミヤ生育の背景にあります。乾燥した空気、厳しい寒さ、標高、そして遊牧文化が … © 2021 モンマグ All rights reserved. モンゴル中が沸く、夏の祭典ナーダム祭。 毎年モンゴルの革命記念日に行われる、国を挙げての祭典です。 お祭りの当日には、草原に暮らす遊牧民が家族総出で会場に集まります。 ナーダム祭では、相撲・弓・競馬の三種目が競われます。 もって記された。現在も馬乳酒の飲用は遊牧民に とって,夏の大きな愉しみなのである。 3 モンゴルの乳加工 遊牧民は乳から最初に脱脂を行い,その後,乳中 の成分を連続的に抽出する方法で各種乳製品を製造 している。 モンゴルというと「遊牧民」という印象ですが、現在も遊牧をして暮らしているのは全人口の1割程度です。都市部の発展は目覚ましく、「のどかで素朴な国」をイメージすると驚くかもし … 現在はこの学説はほとんど否定されているが、この学説の影響で、進んだ文化が朝鮮半島からやってきたという話を、当たり前のように考えている人たちが増えてしまっているので困ってしまう。 ... これがモンゴルまでの中央アジア遊牧民の歴史の流れだ 「遊牧民の国」というイメージが強いモンゴルですが、遊牧だけを生業にして暮らしている遊牧民の割合は、全人口の1割程度といわれます。 1990年代に民主化して以降、モンゴルでは急激な近代化が進んでいます。 323 遊牧モンゴルの現代的課題 窪田 ... いう状態に苦しむモンゴル題が実は遊牧をやってきたモンゴルであるがゆえに抱えたは、現在のモンゴルが抱えている課題の紹介です。 ... 民全員に分配 … 現在でも、大草原の広がる高原で、ヒツジ、ヤギ、馬、牛、ラクダといった家畜の放牧や遊牧が行われています。モンゴルの遊牧民は、季節によってもっとも遊牧に適した場所を探して、家畜とともに移動して暮らしています。 「暮らすように使える」世界初。モンゴル遊牧民発の別荘・常設型グランピングテントです。ポールなしで広々リラックス内装、組み立ては15分でゴルフバックサイズに収納可能。薪ストーブが使用でき真冬でもキャンプができ、ポリコットン性で防カビ、防水対策バッチリ。 モンゴルは歴史に名だたる「遊牧国家」。モンゴルについて知るならば、遊牧民への理解は不可欠です。遊牧民とはどのような生活スタイルを持ち、どのように暮らしているのでしょうか。モンゴルの大自然に寄り添って暮らす、遊牧民の暮らしぶりや伝統について紹介します。, モンゴルといえば、羊たちを引き連れて暮らす「遊牧民」を連想する人も多いのではないでしょうか。そのイメージどおり、モンゴルはまさに遊牧民の国。農耕民族である日本とは大きな違いがあります。, モンゴルという国をより深く知るために、まずは遊牧民とはどのようなものなのか理解しましょう。, 「遊牧」という言葉の意味は、移動しながら牧畜を行うこと。すなわち遊牧民とは、季節によって最適な住みかを求めて、家畜や家族とともに移動する人々を指します。, 彼らの生計を立てる手段は、羊や牛といった家畜の飼育です。群れをまるごと管理して、それらの肉やミルク、毛皮などで生活します。, 遊牧に似た言葉に「放牧」「牧畜」などありますが、こちらは季節によって移動することはありません。定住地を持たないのが、「遊牧」の最大の特徴です。, 一般的に遊牧や牧畜が盛んなのは、「雨が少なく乾燥している」地域です。作物が育ちにくい地域では、農耕によって安定的に食料を得ることができません。家畜を育てて生計を立てるライフスタイルが定着したのは、当然のことといえるでしょう。, 日本では、「遊牧民=モンゴル」というイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。しかし実際のところ、遊牧民は世界各地にいます。中央アジアから中東、北アフリカにも、遊牧をして暮らす人々が存在しているのです。, 「遊牧民の国」というイメージが強いモンゴルですが、遊牧だけを生業にして暮らしている遊牧民の割合は、全人口の1割程度といわれます。, 1990年代に民主化して以降、モンゴルでは急激な近代化が進んでいます。遊牧生活を止めて、首都・ウランバートルに移住する人も少なくはありません。, 実際のところ、1998年におよそ65万人だったウランバートルの人口は、2018年にはおよそ149万人にまで激増しています。このなかには草原での暮らしを諦めて、都市部で定住化を望んだ遊牧民も多く含まれていると考えられます。, 自然に寄り添って生きるモンゴルの遊牧民にとって脅威なのが、「寒雪害」などと呼ばれる「ゾド( dzud)」です。モンゴルではときに極端な豪雪・低温・強風・飼料枯渇といったあらゆる複合的な災害が発生し、遊牧民の生活に大きなダメージを与えます。, 一昔前のモンゴルでは、ゾドが発生する割合は「12年に1度程度」でした。しかし近年は地球温暖化の影響から、ゾドの発生率が上昇。発生の頻度はおよそ3.8年に1度にまで上がっています。, 近年では2009~10年の冬期に発生したゾドで遊牧民のおよそ8割が被害を受け、970 万頭もの家畜が死にました。こうしたゾドによる甚大な被害から遊牧生活を諦め、都市部に移動して定住化を図る遊牧民が増えているのです。, モンゴル高原では、およそ3000年前に遊牧的な生業形態が発生したと言われます。彼らの特徴は、馬を操る技術に長けていたことです。, 車が無い時代には、馬こそが最速かつ機動性の高い乗り物。馬を操る遊牧民は「遊牧騎馬民族」「騎馬民族」と呼ばれ、たびたび農耕民族の国を脅かします。, 歴史上、モンゴル高原にはさまざまな騎馬民族国家が誕生しました。しかしモンゴル史上初めて統一国家が誕生したのは、13世紀に入ってからのこと。かの「チンギス・ハーン」によって建国された「モンゴル帝国」です。, モンゴル帝国は後に国号を中国風の「元」と改めて西征を続け、ついには世界史上最大の大帝国となります。陸上交易ルートのすべてを手中に収め、栄華を極めました。, その繁栄はおよそ16世紀まで続きましたが、やがて衰退してしまいます。鉄砲の発明や海上ルートの発見などにより、騎馬の優越性と陸上交易の価値が低下したためです。, 18世紀にはモンゴル高原最後の遊牧国家が中国「清朝」によって滅ぼされ、19世紀には3つ残っていた「ハン国」もロシアの支配下に下ります。, モンゴルの遊牧民が暮らす移動式住居は「ゲル(гэр)」と呼ばれます。一見するとテントのように頼りなくみえますが、実際は遊牧民の知恵が詰まった快適な住居です。, 遊牧民の住居は、「移動すること」が大前提。解体・組み立てが容易でなければなりません。そのため、ゲルは木材とフェルト、床板などといったシンプルな構成です。, 一般的なゲルの大きさは直径4.5~6.5メートル、床板を除く総重量は250~300キロほどといわれます。「さぞ組み立てに時間がかかるのでは」と思う人も多いでしょうが、遊牧民なら1~2時間で組み立てられるそうです。, ただし、モンゴル人でも慣れていない人はここまで早く組み立てられません。10人がかりでも6~7時間程度はかかります。, また、冬の寒さが厳しいモンゴルですから、防寒対策は必須。ゲルの床面には馬や牛のフンを乾燥させたものを敷き詰め、その上に布やフェルトをかけるのが一般的です。こうすることで地面からくる寒さを防ぎ、冬でも快適に過ごすことができます。, さらに、モンゴル高原に暮らす遊牧民のゲルを見ると、入り口がすべて「南」を向いていると分かるはずです。ゲルでの暮らしを快適にするため、遊牧民はどこを住みかに決めても、必ず日当たりのよい南向きにゲルを建てます。, ゲルに住むのは、基本的に「一家族」のみ。結婚などした場合は、新たにゲルを建てて暮らします。ゲルは家族によって配置も決まっているので、ゲルをよく知る人は一目見れば家族関係が分かるそう。, 例えばゲルがいくつかあったとき、一番北にあるのは家長のゲル。一族の年長者であるおじいさん、おばあさんが住んでいます。またちょっと離れている場所にある遠慮がちなゲルは、一度一族を離れて戻ってきた人である確率が高いそうです。, まず、ゲルに入って右側(東側)には台所があります。つまり、こちら側は女性のスペース。そして左側(西側)は成人男性のスペースです。子どものうちは、男女関係なく女性のスペースに座らされます。, また、お客様が来たときは、左側に座るのが一般的。男性側に座ってもてなしを受けます。, さらにゲルで最も重要な場所は、正面奥とされます。こちらは仏壇が設置される場所。仏様を祀り、祈りを捧げる場所です。, 遊牧民には信仰深い人が多く、仏様をとても大切にしています。ゲルの入り口は低めに作られていますが、これはなぜだかご存じでしょうか。一説によると「正面の仏様に対し頭が高くならないように」という意味があるためだそうです。, モンゴルの大草原は緑豊かで素晴らしい環境に見えます。しかし実際のところ、その環境は苛烈です。夏場は30度を超える日がある一方で、冬は-40度になることもあります。, 加えて空気は通年乾燥しており、雨が降ることは稀。モンゴルは1年のうち250日が晴天といわれる乾燥した国で、1年間の平均降水量は50~250ミリ程度しかありません。日本の年間平均降水量が1,500ミリ程度であると知れば、その少なさが分かるでしょう。, このような過酷な自然の中で生き抜く遊牧民の暮らしは、シンプルで無駄がなく、合理的。暮らしの知恵が詰まったモンゴルの遊牧民の生活をみてみましょう。, モンゴルの遊牧民は、馬、ヒツジ、牛、ヤギ、ラクダを飼養し、遊牧しながら暮らします。, ただし、一つの家族で5種類全ての家畜を飼うことはほぼありません。家畜によって好む環境や用途が異なるためです。, 例えば、牛は背丈の高い草を好むため、水場に近いところでの飼育に適しています。一方、ラクダは塩性植物を好むため、乾燥地域で飼育されるのが一般的です。, 遊牧民は上記のような動物の性質を考慮して、環境と最も組み合わせのよい家畜を飼養します。, ただし、ヒツジやヤギは比較的どんな草でも食べてくれる、普遍性の高い動物。それゆえ、この2種類を飼育している遊牧世帯が多いといわれます。, モンゴルの遊牧スタイルは、季節ごとに居住地を変え、ゲルを拠点に放牧を行うというもの。どのように居住地を定めるかは遊牧民によって異なりますが、必ず地形や気象条件が考慮されます。, 例えば、夏は涼しい風が吹く台地の上、冬は雪が少なく季節風の影響を受けにくい丘陵の南麓、といった具合です。, 1年のうちでも、夏は放牧のメインとなる時期。居住地を数回移動しながら、遊牧民は家畜を肥やします。そして夏が終わると、冬支度の始まりです。家畜小屋を作ったりフェルトを作ったりして、家族みんなで冬の備えを行います。, また、極寒の冬に耐えられるよう、家畜をわざと標高が高く寒い場所で放牧することもあります。, 冬は移動をせず、寒さの影響を受けにくい場所でひっそりと放牧を行うのが一般的です。春は家畜の出産シーズンですから、それが落ち着くまでは居住地を変えることはありません。, 基本的に夏、冬と放牧のエリアは決まっていますが、自然災害が発生したときや発生が予測されるときは居住エリアから遠く離れた場所で放牧することもあります。, こうした遠距離放牧は不定期に行われ、現地では「オトル」とよばれます。日常的な放牧は10~15キロ範囲で行われるのに対し、オトルの移動距離は時として100キロに及ぶこともあるそうです。, ただし近年は、遊牧民の間で「独立小型太陽光発電システム」が普及。モンゴルならではの豊富な日射量を活用し、多くの遊牧民が自家発電により電気を得ています。遊牧民として草原に暮らしていても、テレビを楽しんだり携帯電話を利用したりする人は少なくありません。, また、水もモンゴルの大草原では貴重です。日常用の水としては河川水や雪解け水などが使われてきましたが、近年では地下水を汲み上げて活用する事例も増えています。基本的に水汲みは女性や子どもの仕事とされており、日に数度水汲みに行くなどします。, 水は貴重ですから、遊牧民は毎日お風呂に入るというわけにはいきません。居住地にもよりますが、お風呂は1週間の1~数回というケースが多いようです。モンゴルは基本的に乾燥していますから、日本のようにひどいニオイになることはないのかもしれません。, このほか気になるのが、携帯電話事情。発展著しいモンゴルでは、携帯電話の普及率は100%を越えると言われます。遊牧民も当然のように携帯電話を活用していますが、広大な草原で電波が届くのか、気になる人も多いのではないでしょうか。, 実はモンゴルは2005年より「世界銀行」からの支援を受けており、現在では347ある全ての「ソム(郡)」での音声通話が可能となっています。, さらに34のソムではブロードバンド回線も導入され、多くの遊牧民がテレビやインターネットの情報にアクセスできるように。遠く離れた仲間への連絡も携帯電話で行えるようになっており、遊牧民の生活も大きく様変わりしています。, 伝統的なモンゴルの遊牧生活では、主食は肉と乳製品です。野菜や果物はほとんど食べられませんし、魚は水に近いものとして忌避されます。(ただし内モンゴルでは発酵食品に加工されたりなどします), 「白い食べ物(ツァガーン・イデー)」と呼ばれる乳製品には馬乳酒(アイラグ)やヨーグルト、チーズのほか、乳製品を干してつくる「アーロール」などバラエティ豊富です。, 馬乳を発酵させたもの。アルコール度数は5%前後と低く、モンゴルでは子どもからお年寄りまで飲んでいます。なんでも、日本人の大好きな「カルピス」の原点なのだとか。, 一方、「赤い食べ物(オラーン・イデー)」と呼ばれる肉は、ほとんどが羊肉。蒸す・焼く・煮る、とさまざまな方法で食されます。, 鍋に羊肉やネギに焼けた石を入れ、蒸し焼きにしたものです。香辛料等は使わず、シンプルな味付け。モンゴルでは新鮮な羊肉が使われるため、臭み消しは野菜で十分なのです。, こうした食事は、それぞれのタイミングで好きなときに食べます。遊牧生活では、男性、女性、子どもそれぞれに仕事があり、同じ時間に全員がそろうのは難しいのです。お母さんは皆が食べたいときに食事を取れるよう、台所で準備をしています。, モンゴルの遊牧民の伝統衣装といえば、「デール」です。特徴的な立襟の長衣で、右脇と右肩についたボタンを留め、さらに腰に帯を巻いて着用します。下には長ズボンとブーツを合わせるのが一般的です。, 騎馬民族の衣装らしく、デールは馬に乗りやすいような工夫がたくさん施されています。足を大きく広げられるよう締め付けにくくなっていますし、着物のように懐があり馬に乗ったときにものを入れることもできます。, また、上向きに尖った靴は、家畜に与える草を守るため。靴先で地面を傷つけにくく作られているのです。, デールは着用する人によって、デザインや色も異なります。これにより、その人が既婚者なのか未婚者なのかなど一目で判別することが可能です。, さらに、部族によってデザインが異なるのもデールの魅力。モンゴルには大小合わせて20以上の部族が存在すると言われますが、それぞれが特徴の異なるデールを持っています。これらを合わせると、デールの種類は400以上、帯は10以上、靴は20以上もの種類があるそうです。, ただし、近代化の進むモンゴルでは、日常的にデールを着用する人は減少傾向にあります。普段はトレーナーやジャージなどで過ごす遊牧民は多く、デールはどちらかというと「晴れ着」のようなものに変わりつつあります。お出かけや結婚式などあるときは、刺繍の入った豪華な絹のデールなどを着用します。, 定住地を持たない遊牧民。大人はそれで問題ありませんが、気になるのが子どもの教育です。モンゴルでは、6~14歳(1~9学年)までが義務教育。学齢に達した子どもは、必ず学校で教育を受けねばなりません。, 定住地を持たない遊牧民ですが、居住する県や村で住民登録は行われています。そのため、学齢期に入った子どもは、みな管轄区の小学校に振り分けられます。, ただし、遊牧民の子どもが草原のゲルから通学することはほぼ不可能。寮に入ったり家族の一人とアパートを借りて暮らしたりなどせねばなりません。, モンゴルが社会主義だった1990年ごろまでは、子どもは無料で寄宿舎に入ることができました。しかし民主化以降寄宿舎は有料となり、遊牧民の教育費の負担が増加します。, 子どもがいなくなれば人手が足りなくなることもあり、遊牧民の中にはあえて子どもを学校へ行かさない家庭も増えました。, そのため、近年では草原で授業を受けられる「動く教室」が登場しています。これはユニセフによって導入されたもので、コンテナ付きの荷車のようなもの。内部には机や教科書が置いてあり、子どもはここで勉強できます。, 日本の都市生活とは全く異なる遊牧民の暮らし。「体験してみたい!」と思った場合は、ツアーに参加するのがおすすめです。, 遊牧民と触れあえるツアーは、さまざまな旅行会社で見つかります。とはいえ日程や内容など多様ですから、まずは自分自身で「何がしたいか」を明確にしておくことが大切です。, あくまでも「遊牧民との触れあい」がメインなら観光は最小限のツアーでよいでしょう。一方、観光も楽しみたい場合は、「1日だけゲルに宿泊してあとはホテルのツアー」「宿泊無しの現地ツアー」がおすすめです。, ただし、覚えておきたいのが、「ゲルはホテルではない」ということ。近隣にはコンビニ等ありませんし、お風呂にも入れません。トイレも大自然の中なので、ある程度の覚悟は必要です。, また、遊牧民との会話は日本語も英語も通じないことがほとんど。ガイドが付いていない場合は、モンゴル語を学んでいくかボディランゲージで乗り切るかしかありません。, 「こんなはずではなかった」とならないよう、事前に準備を整えたり宿泊地の情報を仕入れたりしておくことをおすすめします。, こちらはHISが開催する、現地出発のオプショナルツアー。「宿泊はホテルがよいけれど、遊牧民との触れあいは体験したい」という人におすすめです。, 場所はウランバートルの東約60キロの場所にある「テレルジ国立公園」。四国が入るほどの大きさの国立公園では、「緑の平原に青い空、白いゲル」といった理想のモンゴルの姿が見られます。, ツアーでは、午前中にウランバートルからテレルジ国立公園に行き、ゲルで遊牧民の昼食をいただきます。その後お仕事体験をさせてもらったら、2時間ほどの乗馬体験。夜には再びウランバートルに戻り、ホテルで休みます。, 【H.I.S.】大満喫!モンゴル遊牧民体験(テレルジ)ウランバートル(モンゴル) のオプショナルツアー|海外現地ツアー格安予約, こちらは、「風の旅行社」が主催する遊牧民のゲルにホームステイして暮らすツアーです。遊牧民と同じゲルで寝泊まりするので、リアルな遊牧生活を楽しめます。, 日中は遊牧民の仕事を手伝い、伝統的な生活を体験。都会のツアーには無い開放感を味わえるでしょう。, ツアー日程は4、5、6日から選択可能です。日本語ガイドが付いているので、家族でホームステイにチャレンジするのもおすすめですよ。, 近代化が著しく日進月歩で発展しているモンゴルですが、大もとをたどれば大自然を駆け巡って暮らした遊牧民。, 自由で闊達な精神を持ち、どんな環境にも負けない強さがあります。そんな遊牧民について知ることは、モンゴルの人々の考え方や価値観を知る上で非常に有益といえるでしょう。, 遊牧民に会ってみたくなった人は、遊牧体験ができるツアーに参加してみてはいかがでしょうか。現地参加型やホームステイ型などさまざまなプランがあるので、旅の目的にかなうものを見つけてください。, ただし、実際に遊牧民のお宅にお世話になるときは、現地のマナーをきちんと守らねばなりません。トイレやお風呂など日本と大きく異なる点がありますから、理解した上で旅に出てくださいね。. モンゴル部からモンゴル民族へ 現在では漢民族から見て北方民族の一つに含まれる、モンゴル高原(モンゴリア)で遊牧生活を送っていたアルタイ語系の騎馬遊牧民をモンゴル民族と称し、日本では蒙古と表記しているが、そのような「モンゴル民族」が成立したのは、13世紀の「モンゴル … モンゴル遊牧民の過去と現在(人間を考える) History of Mongolian Nomads (Humankind) 担当教員:中村 篤志(NAKAMURA Atsushi) 担当教員の所属:人文社会科学部人文社会科学科人間文化コース 開講学年:1年,2年,3年,4年 開講学期:前期 単位数:2単位 開講形態:講義 モンゴルは現在も牧畜を行う遊牧民が100万人も行きている世界最後の遊牧国家。果てしなく広がる草原に、馬を追う遊牧民が、風のように草原を駆ける風景が広がります。でもモンゴルには草原ばかりではありません。首都のウランバートルでは高層ビルが立ち並 モンゴル国における土地資源と遊牧民 : 過去, 現在, 未来.

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